「地獄でなぜ悪い」

Twitterでちょくちょく話題になっているのを見かけていた「地獄でなぜ悪い」。
感想を見ると
「面白かったけど、血がいっぱい出るのが嫌いな人は、おすすめしません」
という声多数。
どちらかといえばまったりとした映画が好みの私としては、アクションものとか、血がドバー!っていうのはあんまり食指が動くジャンルじゃない。
園子温さんのこれまでの作品は、タイトルは聞いたことあるけど見たことない。
でもなんか水道橋博士さんとか町山智浩さんとか、いつも面白いものを紹介してくれる人が褒めてるみたいだし、園子温さんも「アウト×デラックス」で見たら面白い人だったし、ちょっと見てみよう。ということで、行ってきました。

ちなみに、予告編。

それと、公式サイトにあるあらすじ。あまりストーリーに触れる気はないので、読み飛ばしていただいてもかまいません。今回はネタバレしません。たぶん。

ヤクザの組長・武藤(國村隼)は獄中にいる妻・しずえ(友近)の夢を叶えるために、本業そっちのけで娘・ミツコ(二階堂ふみ)を主演にした映画の製作を画策している。面会の度にしずえに対して、撮影は順調に進んでいると場を取り繕う武藤。しかし、肝心のミツコは男と逃亡中、そして、しずえの出所まではあと9日しかない。金に糸目をつけず、片っ端から撮影機材のレンタルをしながら、なんとか娘の身柄を確保した武藤は、ミツコから(実はすべて嘘なのだが)映画監督と紹介された駆け落ち男・公次(星野源)を監督に抜擢し、本格的に撮影準備を始める。映画監督として騙しながら映画を撮影しないと殺される公次は、右も左もわからぬまま、オールヤクザのスタッフの質問攻めに対応していくが、限界に達しその場を逃げ出してしまう。簡単に追っ手の組員に捕まってしまう公次であったが、そこに奇跡のような助っ人が現れる。それは「いつか一世一代の映画を撮りたい」と、少年期から映画監督を夢見る平田(長谷川博己)であった。映画の神様は自分を見捨てていなかったと、満を持して撮影内容の段取りを始める平田は、武藤と敵対するヤクザ組織の組長であり、過去の衝撃的な出会いからミツコに異様な愛情を抱く池上(堤真一)に協力を要請する。かくして、ホンモノのヤクザ抗争を舞台にした、スタッフ・キャストすべて命懸けの映画が、電光石火のごとくクランクインしようとしていた・・・。

見終わった後、不思議な爽快感があった。楽しかった。


いつもの私なら「じゃあ肝心の友近どうなんのよ」というストーリーへの引っかかりが残っちゃったと思う。
でも、この映画には、それがなかった。


普通映画(ドラマでも小説でも)を見る時って、自然と誰かに感情移入する。
「脇役に感情移入しちゃって素直にストーリーが楽しめなかった」
とかいうことも起こる。
でも、私はこの映画で、全ての登場人物に平等に、しかもポジティブに感情移入していた。
ストーリーどうでもいいって言うと言い過ぎなんだけど、場面場面の説得力がすごくて「そんなことして大丈夫なの?」とか「この人がそれやったらあの人どうなるの?」とかいう疑問が吹っ飛んでしまう。


映画バカの長谷川博己がヒャッハーって興奮してカメラを回しているのを見ては
「ほんとバカだけど映画好きなんだよね!いいよね!」と思い、
ヤクザの堤真一が血みどろの抗争中なのにカメラ目線でかっこつけるのを見ては
「たーのしそーう!」と思い、
星野源二階堂ふみに見とれちゃう場面では一緒に
「うわー超かーわいー!」と思ってた。
二階堂ふみのちょっとやさぐれた感じとか、「俺こんな年まで何してるんだろう」っていう長谷川博己の仲間の葛藤とかも、全部素直に共感できた。
嫌いな奴とか、違和感のある奴が一人もいない、みんな大好きっていう気持ち。

で、そうやって全員に感情移入して見ていくと物語の流れ的に「…」っていう気持ちになってくる。言いようによっちゃそういう話なんです。
でも、そこで私の頭に浮かんだのは

地獄でなぜ悪い

というタイトル。


「そっか、『地獄でなぜ悪い!』って言われてるんだもんな!そうだな!しょうがないな!」
という急に出てくるやけっぱちの爽快感。映画でタイトルの威力をこんなに感じたのは初めてだ。


確かに血はいっぱい出ていた。かなりいっぱい出ていた。もちろん人もバタバタ死ぬ。
いつもの私なら、あんまり認められない展開。
でもあまり「うわー」とも思わなかった。だって「地獄」なんだもん。


そしてラスト「ああこの人が、でもそれって結局…」とかぐだぐだ思っていると
「え?」っていう感じで放り出される。
その軽さが、絶妙に気持ちいい。


そしてエンドロールでは星野源

嘘で出来た世界が 目の前を染めて広がる
ただ地獄を進む者が 悲しい記憶に勝つ

とポップなメロディーでたたみかける。
そう「嘘で出来た世界」なんだよね!そして地獄!ビバ地獄!レッツ地獄!私も地獄を進みます!星野源天才!塩顔大好き!全快おめでとう!
としか言えない。(結構言ってますが)


一歩間違えると「引く」タイプの映画だったと思うんだけどな。
それぞれのキャラクターが立つ脚本とか、役者の演技がみんな振り切れててよかったっていうのはあると思うんだけど、たぶん、それだけじゃない。


序盤に、部屋があり得ないほどの血でプールみたいになってて、そこを子どもがピューッってすべってくシーンがあって、私は「夢」とか「妄想」とかじゃない現実の場面にそういう非現実的な映像が出てくるのって好きじゃなくて、そういうのを見ると割と気持ちがさーっと冷めちゃうのだけど、それもなぜか自然と受け入れられた。
なんだったのかな、全体にリアリズムを追求してない雰囲気があったからかな。よくわからない。不思議。


監督がいいのか、脚本がいいのか、演出がいいのか、役者がいいのか、その他の何か(すいません映画詳しくないんで)がいいのか、全部いいのかわからないけど、
とにかく、素直に楽しかったです。


あ、あと印象に残ったのは二階堂ふみ
いわゆるすごくかわいいっていう顔じゃないと思うんだけど
「うわああああかわいいいいい!」
って思わせるべき場面で、完璧にそう思わせる表情を見せる。
ただかわいいってだけじゃなくて、役柄上のちょっとナイーブな部分やなんかもちゃんと見せる。
ちょっとした唇の動きとかが切なくて、思わずドキッとした。
星野源堤真一國村隼をとにかくデレデレにする役なんだけど、ほんと一緒に、デレデレになってしまった。
「woman」はチラ見だったのであまり印象に残ってなかったけど、気になる女優さんになった。



見終わってからちょっと情報収集しようと思って、町山さんがこの映画を紹介している「たまむすび」を聞いたら、


「全体にリアリズムを追求してない」とか書いたけど、結構実話に基づくエピソードが多いらしい。すごい世界だ。
「映画会社の社長やVシネを撮ってる人にヤクザは結構いる。ヤクザになる人はロマンチストが多いから、映画が好き」という話は、へーっと思ったけど、わかるような、わからないような。映画っていってもいろいろだからな。Vシネ撮るって言ってるし、やっぱり任侠ものが好きなんでしょうかね。
桐島、部活やめるってよ」に通じるものもあると町山さんは言っていたけど、確かに、「お前今映画撮ってる場合かよ!」という「映画バカ」なところは確かに長谷川博己と共通するものがある。


地獄でなぜ悪い」の脚本は、園子温が17年前に書いたもので、
國村隼この映画に関するインタビュー

あの脚本を書いた当時の園さんが、長谷川さん演じるキャラクターそのままであると考えれば間違いないです

と語っている。
映画作ろうなんていう人は、みんな相当の「映画バカ」なんだろうなあ。映画に限ったことではないけど。そして「風立ちぬ」「桐島」しかり、「○○バカ」な人を見るのってすごく気持ちいいんだよな。


こんな映画もあるんだな、映画って深いなあ。
食わず嫌いせず、もっといろんな映画を、見てみたいと思わせてくれた作品でした。