胸を射抜く健やかな美しさ〜藤城清治の世界展

会期中にアップしたかったのですが、芸術の森でやってた藤城清治の世界展の感想など。
とにかく手の込んだ緻密で絢爛豪華な影絵に圧倒されっぱなし。
すごいなー天才だなーとバカみたいに口半開きで呆然と見ていくうち、この人の作品の魅力は、技術や才能だけでなく、この人の持つ「精神の健やかさ」にあるのではないかという気がしてきました。

略歴(私が美術館で見たおぼろげな記憶とウィキペディア情報なので詳しいことはわかりませんが)によると藤城さんは、幼少時から才能を認められ、12歳で水彩画やらエッチング油絵やらの英才教育を受け、戦時中は海軍にいたようですが、やっていたのは少年兵とともに行っていた指人形の慰問演芸会、そして戦後まもなく暮らしの手帖の連載を開始し名声がとどろき今に至るという、とにかく芸術一本で生きてきた人なのです。どんな家庭に生まれたのかわかりませんが、どうも「食べるためにやりたくない仕事をする」とか「大病や怪我でブランクをよぎなくされる」とか、いわゆる「挫折」というものが感じられない。
そして更にすごいのは、有名になった作家にありがちな「俺が作りたいのは本当はこんなのじゃない!」という苦悩が全然伝わってこないところ。「銀閣寺」をテーマにした地味な影絵のキャプションには「銀閣寺が大好きで修学旅行生がいない時を狙ってスケッチをする」などと書いてあります。でも正直私は藤城清治といえば、派手でカラフルな作品しかイメージしたことがありませんでしたし、大部分の方がそうじゃないかと思うのです。そんな地味な作品も、絢爛豪華な作品もノリノリで作ってしまう。華やかさを表現した作品と質素さを表現した作品があり、華やかな部分ばかりがパブリックイメージになっていくことにまったく葛藤を見せず「みんなに好かれる作家になりたい」と言い切ってしまえるそのメンタリティは健やかとしか言いようがないと思うのです。商業作家になるべくしてなった人なのだと思いました。

私は音楽や本でも、貧乏とか病気とか苦労とか性格が悪いとか、どこかねじれというか薄暗さを持った人の作品が好きになりがちで、みんな一緒で楽しいねお手々つないでランララン♪みたいなイッツアスモールワールド的な世界観のものってつい斜めに見てしまうのだけど、この方の作品は本当に本当に、心を射抜かれるというか、ねじねじになっていた心を力づくで引っ張りだされられて矯正されてしまったような気がしました。デトックス効果でお肌もすべすべになりそうな勢いです。

震災後の福島をモチーフにした作品もあったのだけど、がれきの山を前にして「むつかしいきびしい挑戦」といいながらも見つめているのは痛ましさよりも自然のたくましさであり、「生きる歓びを感じてくれたら嬉しい」と語っている。「がれきは宝石より美しい」なんて他の人が言ったらぶん殴られそうなセリフも、この人ならなーって思わされてしまう。そのくらい世界への慈しみの気持ちが伝わってくる作品達でした。

ちなみに私が一番好きだったのは、猫と本棚の影絵でした。古びた感じの本棚に並ぶくすんでいるはずの本たちが、この人にはこんなに鮮やかに美しく見えるのがよく題材として出てくるな
北海道の展示は終わってしまったけど、見る機会のある人はぜひに見に行かれることをおすすめします。