マリコ

マリコとヨシオカさんは社交的で、4人でいるときもいつも周囲に目を配り、機会を見つけては通りすがりの人に声をかけお喋りをする。看護師さんや清掃員の女の人にも話しかけ、軽口をたたけるくらいの仲になっている。おかげで人見知りの私も顔と名前が一致する人が大幅に増えた。三人とも私より先に退院してしまうから、話し相手を見つけるときに役立つだろう。
まずはマリコが退院である。マリコはいちばんお喋りでグループのムードメーカーだから、この影響は大きそうだ。
退院を間近に控えたマリコは一心に折り紙を折っていた。鶴と亀の折り紙を、仲良くしていたおばあちゃんたちに贈りたいという。もちろん「長生きしてね」のメッセージとともに鶴と亀を渡されたおばあちゃんは大喜びする。感動のあまり涙ぐむのはタツノさんだ。
「あんた、絶対立派な人になるよ。サワダアヤコみたいな立派な人になるよ」
とタツノさん。なぜそこでサワダアヤコなのだ。ゴージャス松野の元妻のどこが立派なのだ。そんなことを考える私をよそに、マリコはつられて涙を浮かべながら、タツノさんの手を取っている。美しい光景である。
い つものメンバーもそわそわしている。メールをしない女豹のヨシオカさんは、マリコの持ってきたかわいらしく(しかし野暮ったい)便せんを二つにちぎり、お 互いの住所を書いて交換している。もちろんマリコは、散々苦労させられたタニザキさんとも進んで連絡先を交換する。それがマリコという人間なのだ。善良で純粋な姿勢で人に向かうマリコは、斜に構えて生きている私にはまぶしく映る。憧れがないわけではないが、もうあんな風になれるかもとか、なれるよう努力しようとは思わないくらいに私は自分を知っている。私には決して届かないところにいるマリコ。そのマリコがいなくなるのだから、グループの雰囲気はたぶん少なからず重たくなるだろう。タニザキさんが話を独占するようになったら相当に厄介だ。
しかしそれを危惧する一方で、単純に変化を喜んでもいる私がいる。単調な単調な生活の中では、変化は最大の退屈しのぎなのだ。 それが例え自分にとって不利益になることでも。これは正常な判断力とは言えないのかもしれない。私はまっとうな判断力を失っているのだろうか。入院生活は肉体とは裏腹に精神をどんどん不健全にしていく。