MOVED 谷村志穂

人と人との関係には、何か「しっくりくる」ことがあったり、何か「しこりがある」ことがあったりする。この物語は、夫に恋人が出来て捨てられた主人公が、心機一転、一人暮らしを始めるところからはじまる。恋人の存在に全く気づかずに平穏に夫婦生活を営んできていると信じていた主人公にとって、夫の裏切りは大きな痛手だ。そんな、心に「しこり」を抱えた主人公の元に、一匹の子猫が迷い込んでくる。ペット禁止のマンションで子猫との生活をすることには多くの困難が伴うが、新しい「家族」の存在は、主人公を確実に強くする。別れてもなおずうずうしく家に上がり込んでくる元夫との関係を、踏み外すことなく「しっくりくる」形に納め直し、友人とも恋人ともつかないレズビアンの恵という新たな存在を通して、何もかもなあなあで済ませてきていた仕事とのつきあい方も変わってくる。ラストの展開には少々ついて行きかねるところもあったが、全編を通して、主人公が常に前に進んでいることを感じさせる、すがすがしい読後感の物語だった。ラストの「MOVED」という言葉に、未来への希望を感じた。