嗜好品

刑務所にいると食事だけが楽しみだという話を聞いたことがあるが、入院生活も同じである。一日に何度も献立表をチェックし、メニューについての話題で盛り上がる。主食はほとんどが米飯だから、パンや麺類の日はみんな何日も前から楽しみに待つ。
「きっとほうれん草が入ってるねー」
「麩が入ってて欲しいわ」
「わかめが入ってるかどうかなー、私嫌いだからそれが恐怖」
「前のうどんみたいに、しいたけが大量に入ってたりして」
いい大人が昼食のラーメンの具について朝から熱く語り合っているのである。
楽しみに待っているラーメンは、汁を吸ってのびた歯ごたえのない、ぬるいラーメンで、普通の生活をしていたら楽しみに待つような代物ではないのだが、単調な生活をしていると、そんな変化が嬉しいのである。
主食がメロンパン、おかずはシチューなんていう妙な取り合わせのこともあるが、甘いものは一様に歓迎される。嗜好品に飢えているのだ。
嗜好品といえば、たばこは一日10本までと決められており、喫煙者は朝から10本の配分を綿密に考え、寝る前まで持つように大事に吸う。私はたばこを吸わないが、喫煙者のヨシオカさんとタニザキさんが「次何時に吸う?」「16時、その次は夕飯の後」なんて真剣に相談しているのを見ると、たばこという存在が喫煙者にとっていかに大切な息抜きとなっているか実感する。タニザキさんなんてうっかりたばこを切らしたせいで、調子が悪くなって頓服を飲んで寝込んでしまうことがあったくらいである。そんな喫煙者たちの集う狭い喫煙室の壁には「禁煙はお医者さんに相談を」のポスターがべたべたと貼ってある。そういうことをされると逆にたばこを吸いたくなってしまうのが私の悪い癖だ。壁と卵があったら卵の側に立ちたいのである。適当すぎる引用で申し訳ない。まあ実際にはそんなことはせずに、3時のおやつを楽しみにすることで我慢する。母が見舞いに来ると言えばすかさずお菓子をリクエストである。なぜかわからないが前の入院の時から無性に食べたいのがマシュマロだ。餅っぽい食感のため、喉につまらせたらいけないという理由で通常のおやつには加えてもらえず、見舞いに来た人がいるときに一緒に食べるならいいというよくわからないシステムになっている。35歳にもなって母と差し向かいでマシュマロをほおばることに幸せを感じるようになるとは思わなかった。自分の行動を自分で管理できない環境下に置かれると、精神が何となく子供に近づくのかもしれない。母がそんな娘を不気味に思っていないことを祈るばかりである。