なんか雑なのだ

経験がある人はご存じだと思うし、経験がなくても想像がつくと思うが、入院生活とは単調で暇なものだ。私の趣味はPCで文章を書くこととニードルフェルトと消しゴムはんこ作りなのだが、S病院ではパソコンの持ち込みが禁じられているし、針が危険物だという理由で羊毛作業も出来ない。カッターで消しゴムを彫るなんて言語道断である。パーカーのひもも持ち込めない病棟にカッターだの針だのが持ち込めるはずがないのだ。私の趣味が全て封じられているという状況で、なかなか時間が過ぎていかない。
そんな生活に多少の潤いを与えてくれるのが「作業療法」である。様々な作業をすることを通して心身の健康を回復するのが目的ということで、カラオケやパズルやクイズ、軽い運動など様々なプログラムが日替わりで用意されている。せいぜい週に三回、時間も一日二時間くらいだが、生活の変化に飢えているから皆楽しみに参加している。
この作業療法を仕切っているのは作業療法士という資格を持つ人たちで、この病院にはどうやら5人の作業療法士がいる。皆20〜30代の若い人たちでエネルギーがあるから、作業療法の場もなかなか活気に満ちている。私は自分の家からニードルフェルトの道具を持ち込んで、作業療法の時間だけ羊毛作業をさせてもらうことができたのだが、それを見て他の人もできるようにとキットを用意したりと、新しいことを積極的に取り入れる姿勢がある。これもスタッフが若い故のフットワークの軽さではないだろうか。
そんなスタッフのみなさんが最近新しいプログラムを考え出した。
アロマの香りでリラックスしながら、寝たままやれる簡単なヨガ(寝ヨガ)を行うというものだ。お年寄りが多いから激しい運動はできないし、いっそ寝たままというのは悪くないかもしれないと思い、参加することにした。
いつもの部屋に行ってみると柑橘系のさわやかな香りが立ちこめ、いかにもリラックスできそうである。部屋の一角にマットが並べられ、参加したい人はそこに寝そべり、違うことがしたい人はテーブルの前に座れるようになっている。さっそくマットに横になると、そのまま寝てしまいたいくらい気持ちがいい。いいじゃないか寝ヨガ。ばっちりリラックスしてやるぜと思う私である。
ところが予期せぬことが起きた。作業療法士の指示に従ってゆったりと体を伸ばしたりひねったりしていると、突然流れてきたのは「ハイスクール・ララバイ」である。
すぐ隣で好きな歌謡曲を鑑賞するというプログラムが行われているのだ。この曲がどんなものかわかるかどうかで年齢がわかるが、「寝ヨガ」のBGMには最も不向きな曲と言っていい。もちろん頭に浮かぶのは三人のあの慌ただしい動き。

こんなものを聞きながらのんびりリラックスなどできるものか。お年寄りが多いから選曲も割と古いものが多く、なんだかわからないが男性の歌うムード歌謡みたいなのも流れてきて、ハイスクールララバイよりはのんびりするかもしれないが、リラックスという気分とは微妙に違う。早々に切り上げて別の軽作業に移らせてもらった。
どちらもいいプログラムではあるのだが、両者を隣り合わせにしてはいけないということに気づかなかったのもスタッフの若さ故であろうか。他の人がどのくらい違和感を覚えているかは定かではないが、私はあの場でリラクゼーションを求めることはやめておくことにした。
スタッフの若さゆえ、と言ったが、この病院は病棟でも看護師主導で簡単な運動を行っており、それは大変結構なのだが「きよしのズンドコ節」を流しながら「12345」と五拍子でかけ声をかけたりして、音楽の扱いがどうもぞんざいなのである。
悪い病院ではないと思うが、とにかく暇なもので、こうやって困惑したことを誰かに報告することで時間をやり過ごそうとしているのだ。ああ早く退院したい。